ひとつのとてつもなく大きな出来事に対する人々の在りようを文学という方法で記憶しようと試みた偉大な仕事。1986年4月、ソ連で史上最悪の原発事故が起こり、広い地域が放射能で汚染された。その事実の一面は科学的な報告書等で知ることはできるが、またもう一つの、しかし、人々の精神にどのような影響を及ぼしたのかという事実はどんな方法で留めればよいのだろう。石牟礼道子の『苦海浄土』に似た作品のあり方だ。石牟礼は取材したことを自分の文章で書いたが、アレクシェービッチはテープ起こしをするかのように、インタビューした人の語り口で書いている。冒頭に事故直後の処理にあたって命を落とした若い消防士の妻の語りがある。それを読んだだけで、はるか遠くの国で起こった出来事が、自分の周りのことのように感じられる。文学の力はなんと大きい。
著者自身が自分の思いを書いているのはほんの数ページ。「人はあそこで自分自身のうちになにを知り、なにを見抜き、なにを発見したのでしょうか? 自らの世界観に? この本は人々の気持ちを再現したものです。事故の再現ではありません。私がさがしたのは、衝撃を受けた人、自分と事故とを対等に感じた人、じっくり考えている人です」