「社会学を研究するやり方にはいろいろあるが、私は、ある歴史的なできごとを体験した当事者個人の生活史の語りをひとりずつ聞き取るスタイルで調査をしている。」 本書はそんな著者がどうしても分析も解釈もできないことを集めて言葉にしたものとのこと。まさに断片的なとるに足らないような短い話が、いくつも収められている。だが、世の中というものは、そうした無意味とも言える断片が集まってできている。
本書の中の「断片」の一つ「手のひらのスイッチ」は、著者の個人的な悩み、しかしだれにでもありうる悩みを、ごくふつうの社会のありようから排除されるものとして掘り下げた考察をしており、ハッとさせられた。私たちがふつうに持っている幸せのイメージは、ときとして、いろいろなかたちでそれが得られない人びとへの暴力になる。またしかし、歴史的に多数の人びとの合意によって形成されてきた価値観で社会は成り立っている。だから難しい。著者の言うように、せめて主語を「私」にして、だれも排除しない語り方をするしかないのだろうか。